若い男だが、人数なら相手の方が上だった。
しかし、櫂はまるで空手の選手のように、巧みな動きで彼らを倒していく。

「くそっ・・・」
悔しそうに顔を歪ませながら、彼らは去っていく。
紅色の長いコートに、ボタンの隙間から武器が見え、大の男数人を相手に息切れ一つもせずに
戦えて、とても強いのだと素人目のアイチにもわかった。

「櫂君・・・どうして此処に」
「通りかかっただけだ、あとお前の会社のことを耳にした」

両親の死。
会社の倒産の危機。

櫂も幼い頃に両親を事故で亡くしている。
アイチと同じように会社の人間に追い出されて、一人で今まで生きてきたらしい。

裏稼業とかいう職業をしているとか。
そこで櫂から、衝撃の事実を聞かされた。


「俺の両親は雀ヶ森の不正を暴こうとして殺された」

レンの父親の罪を暴こうとし、事故に見せかけて殺された。
彼らだけではない、雀ヶ森に逆燐に触れた者、反逆を成す者達は皆殺される、アイチの両親もその可能性が高い。

「お前・・・ソレは」
「あっ・・・!!」
背の高い櫂から、アイチの首筋が見えた。
白いワイシャツに隠れ、キスマークが幾つかあり、真っ青な顔をして隠す様子からして、レンと何があったかすぐに察する。

「あいつからは逃げられない、たとえ海外に逃亡したとしてもだ・・・」
「そんなっ・・・・」

警察も味方にはなってくれない。
アイチの周りには敵ばかり、味方はいない・・・でも、アイチには守らなければいけない妹のエミがいる。

死んでいけない、そして逃げることはできないのではなく逃げてはいけない。
櫂が現れたことでアイチは、レンに対抗する一つの方法を思いついたが、これは櫂がアイチの依頼を飲まなければ成立しない。

「櫂君、ちゃんと報酬は払います。だから・・僕を守ってもらえますか?」
「・・・・どういうことだ」

アイチはベンチから立ち上がり、櫂の前に立つ。
青い瞳は強き意志を宿し、荒れ狂う天候にも負けず咲こうとする花の強き根を感じる。

これからアイチは、あらゆる手を使って先導カンパニーを取り戻す。
再建は雀ヶ森の力を借りずに行うこと、そして彼ら以上の力を身に着けて


雀ヶ森の不正の全てを暴くこと。
力を持って、力で彼らと戦う。

だが、女性のアイチでは、身を守ることはできない。
しかし櫂が味方になってくれるのなら、経営面でアイチが、護衛して櫂が守ってくるのならできるかも。

報酬は後払いなるが、必ず払うと約束したが櫂は二つ返事をしない。

「金には困っていない」
「えっ・・!」

いくらあっても、お金と言うのは困らないのに櫂は報酬を断った。
両親の仇も打て、大金も手に入る、一石二鳥の条件を飲み込まず、櫂はアイチの顎を引いて、こう言ったという。


「お前を差し出せ」
「でも・・・僕・・・もう処女は・・」

「構わない、俺にだけ肌を許せ。
俺にだけ、全てを曝け出せ。

そうすれば、俺は奴らの手から全力までお前を守ろう」




アイチは、迷いなく・・・・頷いて。
その瞬間、契約は成立した。

櫂に触れられた時、恐くはなかった。
レンの時はあんなに怖かったのに・・・・櫂に触れられると・・何故かドキドキする。



アイチの努力と、外見からは想像もできない手腕で会社を再建、取り戻すこともできた。
そして、役員達を全員解雇し、信頼の置ける社員達を役員とした。

エミは幼く、狙われる可能性もあり櫂の同業者の三和という男が護衛と子守をしてくれている。
無愛想な櫂とは真逆の、親しみある男が遊び相手となり、エミは嬉しそうにして前よりも笑ってくれるようになった。


家に戻ると、疲れて寝ているアイチを横抱きにして中へ入る。
アイチが暮らしていた豪邸では警備しにくいと、櫂の助言を取り入れて新しく建てた家が今のアイチ達の暮らしている家だ。

「お帰り、遅かったな」
「まぁな」

エミはすでに寝ており、三和一人起きていた。
パソコンを操作し、人良さそうな彼ではなく、櫂と同じ裏稼業の顔をしている。

「雀ヶ森が会社に侵入してきた、セキュリティを見直せ」
「うわぁ・・俺の自信作をアップグレードしたばっかなのに早々に突破かなよ・・・・恐るべし雀ヶ森レンだぜ・・・」

正直、三和もレンには関わりたくはなかった。
あの櫂が珍しく、三和の力を借りたいと電話をかけてきて、櫂の腕の中にいる可愛いアイチとエミが狙われていると聞いたら

黙ってはいられない。

「明日が休みだからって、あんまりガッツくなよ。エミちゃんもいるんだから」
コウノトリが子供を運んでくれると信じているのに、大好きなお姉ちゃんが櫂に喰われている行為こそが
夫婦で子供を作るのだと教えるなんて、できるはずがない。

「ああ・・・」
夜の警備は三和に任せて、櫂はアイチを寝室へ運んでいく。
櫂がいつでも求められるようにと大きめのベットの上に横にさせると、衣服を脱いでパジャマに着替えさせる。

「んっ・・・」
「・・・・・アイチ・・・」

寝ている姿は、本当に20歳になったばかりの女性。
恋もまだ知らないというのに、処女をレンに奪われ、櫂に報酬代わりに抱かれて。

(本当は俺もレンと同じ部類の人間だというのに)
それに気付いた時、櫂は両親の仇を討つことを止めた。
今までそのために生きて、強くなろうとしてきたのに、アイチと会った時も生きる目的を失って迷っていた時だった。

アイチはもう大切なものを失わないために、立ち上がった。
正面からレンと戦おうとしている、アイチが望むのなら相打ちになってもレンを殺しても良いのに

それをアイチは望むことはない。






「・・・・身体だけじゃなくて、全てが欲しいと言った時・・・お前はどうする?」

幼い無知だったころの櫂の初恋の相手がアイチだ。
穢れを知らない可愛らしく笑う姿に、櫂は心を奪われて、住む世界が違うようになって、一人になって
それでも幸せでいるだろうと信じていたのに、アイチは櫂と同じ相手に苦しめられていた。

お金などいらない、アイチが欲しい。
それは真実だ、いつか櫂がアイチの全てを欲しいと願った時・・・アイチは櫂の望みを叶えてくれるだろうか?








幸せな夢を見る。
櫂がいつも傍にいてくれる夢を、アイチは櫂に何だってあげられる、心も体も。

だけど、たった一つだけ叶えてあげられないのは櫂の子供を産むこと。
もしかしたら、子供を宿さないままに一生を終えてしまうかもしれないけど




それでも、僕の傍にいてくれているという願いは、届きますか?






















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