リンクジョーカー、ヴォイドから地球が守られてから数週間。
周りの様子を見ても、本当に世界は危機的状況だったのかと、実感がない。

彼、先導アイチはいつものようにカードキャピタルへの道へと最終決戦の時と同じ服を着ているというのに
実はイメージの中じゃないかと思ってしまうが、全てが元に戻ったというわけではない。


「立凪ビル・・・解体しちゃうのかな・・・」
空に浮かんでいた黒輪がビルに落ちてきた影響か、ビルは一部が壊れている。
このまま放置しては危険だと、ビルには工事用の布が被せられて近くには工事用機械が作業員と一緒に工事の真っ最中。

「そういえばさー、立凪財閥の総帥が行方不明になったとかでさー・・財閥もやばいらしいぜ」
「あんな小さな子供が総帥って、荷が重かったのかもねぇ・・」
解体作業を見ているアイチの後ろを、通り過ぎていった恋人同士であろう男女がそんなことを漏らしていた。
エージェントと共に黒輪の中に消えていったタクト。

(行方不明・・そうだよね)
あの輪の中に消えて行ってしまった彼。
そして選ばれた三人の少女・コーリン、スイコ、レッカ。

「なんかウルトラレアも活動を休止するって聞いたけど、パトロンを失っちゃったからなぁ」
記憶を失うと告げられていた三人、再び歩き出したアイチの横には巨大なテレビ画面があり
芸能ニュースが流れ、マスコミの取材を受けるウルトラレアの三人が質問に答えていた。

三人は記憶を失っていなかった、レッカは不思議そうに眼を開き、スイコも珍しく驚いた顔をし、コーリンも同じような反応をしていた。

『何よ、コレ・・・・・っ!』
代わりに蘇ってきたのは過去の記憶。
今は自分の中で整理したいと誰にもそのことを聞いていない。

そして、タクトが消え、使命という縛る鎖もなくなった彼女達は自由となり、まず最初にしたことは。
ウルトラレアの無期限休止の宣言。

『今しかない、学生生活を送りたいと考えています』
フラッシュの嵐の中、記者会見場で丁寧にスイコが椅子に腰かけ、マイクを通じて答えていた。
三人が自分達で考えて決めたことだ、主を失い、記憶が戻ったが嬉しそうではないところを見ると

あまり良いものではないようだ、過去が必ずしも幸福というわけではないはアイチはよく知っている。
でも・・・、今は違う。

「いらっしゃい、アイチ君」
「こんにちは」

カードキャピタルのドアが開くと、アイチが入店してきた。
最初に挨拶してきたのは店長のシン、そして店長代理が小さく鳴いてくる。



「よぉ、アイチ」
「こんにちは、櫂君」

いつものように彼、櫂トシキはアイチに挨拶をしてくると
対戦していた三和や近くのテーブルに座っていたナオキやカムイ達が近寄ってきた。





この日常が、また始まる・・・---そう思っていたのに
アイチはすでに動き始めた者達がいることを、知らない・・・・・----。











話しかけてきたファイターとのファイトを勝利し、席に戻ると数個買ったブースターパックを開封していた。
デッキ強化にしては多すぎる数にどうかしたのかと目の前に座る櫂にアイチは尋ねる。

「新しい・・・かげろうのデッキを組んでみようと思ってな」
あの時のデッキは消えてしまい、初心に帰るという意味で1からかげろうのデッキを組んでみようと考えたのだ。
後ろで聞いていた三和がロイヤルパラディンじゃないのかツッコミを入れると。

「俺に似合うと思うか?」
「・・・・確かに」

騎士というよりも、暴れ狂うドラゴンのイメージが櫂には不思議と似合ってしまう。
するとアイチは椅子から立ち上がるとシンのところへ、レジが開く音がし、戻ってくるとアイチの手にはブースターパックが。

「アイチ?」
どうしたのかと、櫂が話しかける。

「僕も初心に帰ってみようかな?ロイヤルパラディンの皆と久しぶりにファイトしてみたくなってさ」
二人で1からデッキを作るのなら、カードも交換できるし、テストプレイもできて丁度いい。
ほんのりと笑うと櫂がつられたように、少しだけ笑う。

その笑みは一瞬だけ浮かべていたので、おそらくアイチと三和以外気付く者はいなかっただろう。

珍しいものをみたと、口を開けていた三和。

「二人でデッキをねぇー・・、妬けてくるぜ」
櫂の後ろから三和がそんな話をしているのを、シンが元に戻ってよかったと思いつつ見ていると
店内出入り口の扉が開く、やってきたのは主婦らしい女性、何処かで見たことのあるような顔をしている。

「すいません、このデッキを売っていただきたいのですか・・」
「はい、うちは買い取りも行っていますし、では此処に必要事項と身分書の提示をお願いします」

買い取り専用用紙を取り出し、デッキ中身をチェックしていく。
構築はしっかりと行われており、使い込まれているようだし、カードも保存状態がとても良い。

「書きました」
白い紙をシンに返す。
チェックをしていると相手の女性が常連客の中田に似ていて、記入された苗字が「中田」と書いてあったのを見て。

「もしかして中田君のお母さんですか?」
「ええ、実は息子が最近様子がおかしくなって、かと思ったら元に戻ったらして・・もしかしてコレが原因じゃないかって」
ある日、人が変わったかのような暗い感じになって心配していたが
暫くしていつもの息子に戻って安心していたが、机の上にカードを広げてデッキを組んでいたがその手は震えていた。
まるでカードにおびえているかのように。
一般人の間でも、ファイターの豹変は感じているらしく、母はヴァンガードが原因ではないとカードを売り払いに来たという。

捨てようかとも考えたが、売ったお金で別の新しいおもちゃでも買ってあげようとカードキャピタルにきた。


「・・・・・・・・櫂君」
その元凶の一人が、この店内にいるなど彼女は考えもしないだろう。
自分が原因で中田にトラウマを植え付け、二度とカードファイトをできなくなったのだと、机の上に置いた手が震えている。

一部そのこと聞いていたナオキやカムイ達も、心配そうに櫂を見ている。
アイチもどう声かけていいかわからずにいると、カバンを掴むと櫂は中田の母の後ろを通り、外へ出ていく。

「櫂君!」
すぐにアイチもカバンを手にして、後ろを追いかけていく。
一緒に行こうとナオキも立ち上がったところで三和に止められる。

「あいつに任せておこうぜ」
「・・・そう、だな」
最後の戦いに何があったのか、アイチは話してくれなかった。
だが櫂はリバースされて正気を失っていたのなら同じ被害者、気にすることなどないはず。

何となくリバースされていたのと記憶が残っているからなのだろうか、あんな風に思いつめるのは。


「待って、櫂君!」
アイチは息をやや切らして、櫂を追いかけていく。
店内から離れたところで誰もいない歩道橋の上で背を向けつつ、話始めた。

「責めないんだな、お前は。俺が自分の意志でリバースして、正気を保ったまま・・平然と世界巻き込んだのを」
「・・・櫂君・・・」

解決がしたはずなのに、傷跡の深さというのは時間が経つにつれて浮彫になっていく。
リバースしたばっかりにカードファイトをするたびに、その時のことを思い出してしまう、世間もそのことを騒ぎ始めている。

「僕も気づいてあげられなかった・・・中学の時みたいに会えていたら気づいていたはずなのに」
進学校に入り、勉強に追われ。
高校はカードファイト部の部長になったりして、カードキャピタルに顔が出せずに家に一直線に帰る日が多くなった。

異変を示すシグナルは点滅していたはずなのに、気づきもせず。

「だがっ!」
「これからは僕が傍にいる、だから一人で考えこまないで」

焦った顔で振り返ると、すぐそこまでアイチの顔があった。
夕日に照らされたアイチはまぶしくて、輝いている。

アイチは櫂の手を握ると、二人は横並びになって歩き始めた。
すぐ隣にはアイチがいる・・・・櫂のライバルで、親友のアイチが。





次の日、アイチが登校すると先に学校に着いていてナオキが話しかけてきた。
カバンを机の上に置いて、教科書を中に入れていく。

「アイチ、櫂の様子・・・どうだった?」
「大丈夫・・・少し落ち込んではいたけどね」

あの時はナオキも正気ではなかった、薄らと覚えているだけ・・・止めようがなかった。
櫂とはファイト以外、アイチほどの付き合いはなかったがナオキは心配していた。

「そういえばコーリンさんは?」
「なんか仕事があるんだって、住んでいたビルも・・もういられなくなったしさ」
家がなくなるなんてアイチには想像ができない。
使えそうなものは一緒に部の皆で運び出していたが、悲しそうに・・・置いていくであろう家具を見ていた。

命を出す主を失い、自由を手にしたというのにどうしたらいいかもコーリンにはわからない。
今はミサキの家でお世話になっているとか、スイコは福原の寮で、レッカはマイの家に身を寄せている。


「おーい、席につけーー・・・これから進路調査の紙を配る」
先生が机に着くと、最初に配られたのは進路調査の紙。
第一希望から、第二・第三とある。

まだ高校生活が始まったばかりなのにとぼやくナオキ、宮地は進学校だ。
1年生の段階で進路を決めなければならない、卒業後のことなんてわからないと頭を掻くナオキ。

「進路・・・か」
大人になったらどうするかなんて、考えたともなかった。
手にしているシャープペンは動くことができない。

宮地にはいじめられた過去から逃げないために来ただけ、別に進路のことなど深くは考えていたわけじゃない。
でも宮地に入ったからには公務員・一流大学など目標を高く持っている生徒は多い。

(・・今が精一杯で考えている余裕がないだけかも、でも・・僕だっていつまでも子供じゃいられない)
いつかは大人に成長していく。
シンゴはすでに決めているのか、有名なヴァンガード関係の会社名を入れてと後から教えてくれた。

ナオキはとりあえず有名なファイターになって世界の強いやつと戦うと言っている。
好きなヴァンガードの仕事に就きたいが、まだ決めていないとそのことでシンゴと漫才みたいな言い合いをしていた。

先導者であるのに、情けない。
もっとしっかりしなければ、また櫂の時のような見過ごした過ちをおかしてしまう。

ナオキの時だって異変をもっと深く考えていればよかったのに、サインを見逃してしまった。
もっとしっかりしなければ・・・気を引き締めつつ、アイチは空を眺めている。





「進路かー・・親は大学行けってうるさいんだけどーー、カードキャピタルのバイト数も多くなってきているとなー」
暫くはカードキャピタル中心のフリーターしたいとも考えるが、親は正社員として雇ってくれるところがいいと押している。
三和も高校2年生、本格的に進路について考えなければならない年になってきたと部室にいる櫂に会話を振った。

「お前はどうするんだよ?もしかして高校卒業したら、世界の強いやつと戦うために旅に出るとか」
放浪の旅みたいなことをすでにやっているからな違和感はない。
グレードごとにかげろうのカードを並べていた櫂だが、その手が止まった。

「・・・考えてない。将来のことなど・・・」
親戚は大学まで面倒見てくれると言っているが、高校卒業をしたら働きたいと思っている。
一人で早く生きていけるようになりたい、誰の力も借りずに、迷惑もかけずに。

「ふーん、それで一人前の男になったらアイチを嫁にでももらうのか?」
「誰が嫁だ」

というか、アイチは男だろうかとまだ粗削りだがデッキはとりあえずできた。
テストプレイを始めるために三和は櫂の前の席に着く。

「料理ができて、人一人を養える収入があって、しかもイケメンだったら女の子達は喜んで嫁ぐだろ?」
「またわけのわからないことを、始めるぞ、さっさとファーストヴァンガードを出せ」

へいへいと三和は少しは盛り上がってくれてもいいのにと、一枚カードを取り出して
ヴァンガードサークルに一枚伏せた状態で置く。

掛け声と共に、両者はファーストヴァンガードをコールした。









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