妙な気持ちで、洋風の朝食を出された。
朝から胃に優しいフルコースの料理の数々、ガイヤールはアールグレイの紅茶を用意し、アイチは戸惑った様子でフルコースの数々を見下ろす。

「もしかして和食の方がよかったですか?」
モレスに和食も用意させようとしたが、アイチは慌てた様子で断る。
敵の陣地優雅に食事など食べている場合じゃないのに、ガイヤールは何処か感覚が一個抜けているような気がした。

「君は何者なの?・・・」
朝食を終えて、メイドが丁寧に食器を下げていく。
腹も満たされて、ようやく話ができるようになると、アイチの正面に座っていたガイヤールが説明を始めた。

「改めて自己紹介しましょう。僕の名前はオリビエ・ガイヤール。
『カトルナイツ』の一人、『青き炎のガイヤール』です」
「カトルナイツ?」

最初は何処かのヴァンガードのチーム名かと考えたが、それは違う。
ガイヤールを初めとし残り、三人はある目的のために集められたという。

「その目的は、櫂トシキに制裁をくだすこと」

彼の口から語られた、リンクジョーカー事件による被害の数々。
アイチ自身もそのことは知っている、事件以来ファイターをやめた者や、一般人にも影響は出始めている。

危険なカードゲームではないかと?
ファイターである友人の人格が豹変したりと、人気が高かった分、悪い噂はあっという間に拡散していく。

「しかし、ヴァンガードに関する法律はどの国でも作られていない。ましてやファイターではない者はあの時の危機すらも感づいていない。

そこで、オーナーと呼ばれる世界屈指の資産一族の長が、強いファイターを集め
その中でも選ばれし実力者4人にカトルナイツの称号を与えられた、僕はそのリーダーです」

恥ずかしながら、アイチよりも弱いと付け足して。
この間戦ったネーヴは『鋼のネーヴ』と呼ばれ、セラも『凍てつく氷のセラ』という名を持つカトルナイツで

いずれもサーキットの優勝経験を持つ、実力達。


「櫂君に罰を下すって・・どうして・・」
確かに櫂のしたことは許されないかもしれない。
彼自身もそう言っていたが、だからと言ってナオキ達も巻き込むのはおかしいが。

アイチの理論がガイヤールには通じなかった。

「何を言っているんですか?小さな子供でもわかりますよ、罪を犯せば罰を受ける。
許せますか?自分がこんなに傷ついたのに、傷つけた相手はのうのうと何の罪も感じずに暮らしていることに」
ガイヤールの瞳には、本気で傷つけられた。
イメージではない、生身の心の傷だとテーブルの上に置かれた手が震えている。
彼の言葉に、かつて自分が幼少時代に他人から傷つけられたことを思い出した。

傷ついているのに、誰も助けてくれなかった。
手を差し出して、守ってもくれずにいた時のことを。

昔のことのはずなのに、今でも痛みがリアルに蘇ってくる。

椅子から立ち上がると、ガイヤールはアイチの前の地面に片膝をついて頭を下げた。
まるで主君に礼をするように。



「貴方もきっと櫂トシキに傷つけられたのでしょう。お優しいお方です・・大罪人の救済してあげようなどと。
しかし、その必要はありません。我らカトルナイツが奴に制裁を下しましょう。

もう一人で抱える必要はありません。僕が貴方をあの男から守ります」

厳しい言葉からも、冷たい目線からも
櫂はアイチに対して、あまりにも理不尽な態度を取りすぎていると、二人の関係を見ていて常に思っていた。

アイチが優しいから、何度も言っても許されるとでも考えているのだろうか。
影でアイチは櫂の気に触るようなことを言ったのではないかと、心を痛めているというのに。

「ガイ・・・・」
「こちらにいましたが、ガイヤール」
草花の間から出てきたのは、セラだ。
ガイヤールは立ち上がるとさっきときまるで、別人のような顔つきになり、セラを睨む。

アイチとの話を邪魔されて、不快感を露わにするがセラは気にもせずに。

「オーナー様がお呼びですよ」
「・・・わかった」
軽くアイチに頭を下げると、温室を後にする。
最上階に作られたこの温室は『月の宮』と呼ばれ、アイチのためにたった一晩で作り上げた部屋だ。。

「携帯をお返ししますよ。ご家族と仲間が心配されているのではありませんか?」
夜に出て行って、朝になっても帰らないアイチをシズカや、エミ・・・きっとレン達も心配している。
彼から携帯を受け取ると、中のデーターを確認。

どうやらいじられた形跡はない様子だ、ホッと安心する。
顔を上げて、真剣な顔でセラを見るとアイチは口を開く・・・・-------。




数十分セラの話をした後に、アイチはまずは家族に連絡を取った。
呼び出す音が数回鳴った後・・・電話に最初に出たのは焦った声のエミ。

『もしもし!!アイチ・・・!』
「うん、僕だよ。アイチ」

耳には、エミが母を呼ぶ声が聞こえる。
廊下を歩く音が聞こえて、電話はエミからシズカに変わった。

『アイチ、一体どうしたの?夜が明けても帰ってこないし・・』
「ごめんなさい、でも・・・




暫く家には帰れなさそうなんだ。学校には連絡しておいてくれないかな?」


学校には行けない、よほどのことが起きている。
シズカの瞳が揺れ動く、しかしアイチは絶対に理由を言うつもりなどないと声を聞いていればわかった。

「わかったわ・・学校には連絡しておくから、でも無茶はしないで」
『うん、また電話を・・・』
電話の向こうから争う声が聞こえてきた、エミとシズカが何やら話をしている。
一方的にエミが大きな声を出していたがシズカではなく、エミの声が今度は聞こえてきた。

『アイチ、どういうことなの!!学校に行けないって、そもそも今どこにいるのよ』
まるで早口言葉のように、質問の嵐が耳に入ってくる。
だが、アイチは穏やかな口調を崩さないで、落ち着いた様子でエミにもやはり何も言えないと告げる。

『ごめんね、今は何も言えないんだ。皆にはよろしく伝えて』
「ちょっと!!アイチ・・・・!!」
居場所も理由も伝えられないと、アイチはエミの電話を切る。
またかけようとしたが、登校の時間になりシズカに背中を押されて、玄関を出ていく。

後ろではシズカが学校に風邪でも引いたと適当なことを言って、学校に暫くこれないと連絡を入れていた。

学校に行くまでの間、ピンクの携帯に登録してあるアイチの電話に
何度もかけているが通話中なのか、呼び出す音は一度も鳴らないまま、マイが挨拶をしてきた。

「エミちゃん、元気ないけど・・どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」

次に電話をかけた時には、絶対に理由を聞き出してやると
場所さえわかれば、そこまで押しかけてようと心に決めて、警備員のいる学校の門をくぐる。




一方のレオンとレンは、フーファイターの当主室にいた。
レンは窓際にある、自分の椅子に。
レオンは近くのソファーに腰かけて、前のめりになり、膝の上に手を組んでいた。

それぞれの前には携帯が置かれて、いつでも連絡が取れるような体制でいる。
扉を少しだけ開けて、テツとアサカとスイコが見守っていた、疲れた様子で深夜に戻ってきた二人に残っていたテツとアサカは驚いた。

理由は説明しなかったが、謎の敵にアイチが囚われたかもしれないと説明を受けた。
上手く逃げてくれればいいのだけど、目の前で攫われたことに自分の間抜けさに腹が立っているのか二人の表情は固い。

もしも敵か、アイチから連絡がなければFF所属のファイター総員に加え、アイチの仲間に全てを伝える気だ。

「ずっとあの姿勢のまま、朝から何も食べていないし・・簡単に食べられるものを用意するわ」
「私も手伝うわ」

アサカとスイコが、キッチンへと向かう。
手に取ってすぐに食べられるサンドイッチをアサカが準備し、スイコがコーヒーを淹れていた。

準備をしながら、スイコがアサカにこんなことを話しかける。

「そういえば・・・アサカさんにまだお礼を言ってなかったわね・・・ありがとう、あの時に手を握ってくれて」
隣にいるスイコをアサカは少しだけ見た。
レン様命のアサカが、邪魔虫のスイコにあんなことをしてくれたなんて正直意外。


それは立凪ビルの上の、リングが消えかけていた時だった。
コーリンと同様に消滅と同時に役目から解放されて、記憶を預けられていたからの記憶は全て消えてしまう。

(忘れてもいいと・・・全てに一線を引いていたのだけど・・・やっぱり・・悲しいわ)
全ての物事に対して、触れないように、いつでも記憶を失ってもいいように大切なものは作らなかった。

とても、楽しい思い出だった。監視のつもりで福原に転入してきたというのにレンやアサカと過ごした短い時間は
失おうとしている今、かけがえのない思い出となっていることに気付いた。

でも、全てが泡のように消えていく・・・消えないでほしい。

自然とスカートの前に置いていた手が震えている、きっと顔もいつもの穏やかな笑顔から、不安に怯えているのだろう。



すると、スイコの手をアサカが握ってきてくれた。
驚いたように隣を見ると、アサカはスイコのらしくない顔など見たくないと上を見たまま、話を始めた。

「いつもみたいに腹の立つ笑顔で笑ってなさいよ。
私は忘れないでおいてあげるから、もしも次に出会ったら、しょうがないから友達にでもなってあげてもいいわよ」

「・・・・アサカさん・・・」

まさか、彼女からそんな言葉が出てくるなんて驚いた。
彼女も内心、スイコを仲間だと認めてくれていたのだと、嬉しくて涙が出てきそうだった。

記憶は結局失うことはなかったが、自分の中では整理ができていない。
コーリンもレッカも同じだろう、むしろ思い出さないままの方がよかったとさえも考えてしまう。

(以前はあんなに記憶を取り戻したいって考えていたのに)
きっと家族や、友人達が心配している。
早く記憶を取り戻して帰らなければ、・・・でも私、私達は・・------。

「アイチ君・・・!!」
コーヒーをカップに注いでいると、突然緊張感の着信音が鳴る。
鳴ったのはレンの携帯だ、座っていたレオンも立ち上がり、準備をしていたアサカやテツがこちらをレンを見た。

『ごめんなさい、レンさん、レオン君。僕は大丈夫です・・今立凪ビルにいます。・・・暫くはこちらにいようと考えたいます』
携帯を切り替えて、スピーカーモードにしてレオン達にも聞こえるようにする。
敵の陣地のど真ん中で、暫く自分の意志で留まると言い出したアイチに、正気か?と息を飲むテツ。

「先導、貴様・・・何を」
声を上げようとしたレオンに、レンが手を前に出して静止させる。
そしPSYクオリアを発動させたのか、瞳が輝くと遠くにいるアイチに呼びかけた。

『アイチ君、携帯が盗聴されているかもしれません。話はまたあとで・・その時に本当の理由を聞きます』
 
超VIPをタダで満喫したいからなどとい理由ではない、言えないわけがある。
しかしすぐに連絡ができなかったことを考えると、敵に携帯を奪われていたと考えるべきだろう。

それに近くで敵が会話を聞いていることだって、ありえる。

「家族には連絡しておいたか・・・わかった、何かあったらこちらに連絡しろ」
同じくクオリアを使い、レンとアイチの会話を聞いていたレオンもさりげなく普通に会話をして通話は終わる。
遠距離での力の使用は疲れたのか、レンのお腹の虫が緊張の糸が解けた同時に鳴った。

「アサカ―、お腹が空きましたーー」
「わかっています、今、サンドイッチとコーヒーをお入れしますわ」
「レオン君も、食べていったら?暫くの間で泊まっていくのでしょう?」

暫くの間はフーファイター系列の支援しているホテルを借りて泊まる予定だ。
双子達はすでにホテルでレオンの帰りを待ってくれている、誰かが心配して待っていてくれるというのはとてもありがたいことだ。


(無茶をするなよ・・・先導)
仲間のためなら、命するも簡単に投げ打ってしまう。
勇気と無謀はまったく別だ、アイチも命の重さを理解しての勇気なら尊敬するが、時々アイチが自分の存在を軽く考えてしまうような行動を取ってしまうことがあり

アイチは、皆に大切にされていることをもっと自覚してほしいと常々レオンは思っていた。



「暫くの間、アイチさんは我らの保護の提案を飲んでくださいました。・・・さっそく準備をしたいので失礼します」
オーナーに頭を下げて、ガイヤールは薄暗い明かりのついた部屋を後にする。
その顔はとても嬉しそうだ、アイチは渋々ながら、こちらの正義に賛同してくれたようなものだ。

(アイチさん、僕が必ず貴方をお守りしてみせる・・・)
当面の生活に必要な物をアイチに聞くため、最上階へのただ一つの直通エレベーターへと乗り込んでいく。
その後ろ姿をセラとモレスが、誰もいなくなったオーナー室で見送る。

「しかし、意外でしたね。先導アイチが此処に留まることを二つ返事したのが・・・・どうされましたセラ様?」
ずっと黙っていたセラ、アイチとのファイト後辺りから仮面をつけて隠していたが
我慢の限界に来たのか壁に拳を叩き付けた、「ひぃっ!」とモレスが小さな悲鳴を上げる。

(予想外でした、あれが・・二度ヴォイドの野望を阻止した先導者の力・・・!)
一度目はレオン、二度目はリンクジョーカー。
アイチは強いが己ほどではないと、認めつつも勝てるとセラは予想していたが
デッキの相性を考えて組んだというのに、アイチのデッキは不完全な状態だったがセラを追い詰めた。

当初はアイチにジャッジメントを食らわせ気を失わせる作戦だったが、このままではネーヴ同様に返り討ちにされてしまう。
気を利かせてモレスがアイチの背後から卑怯な手で失神させて、正直安心している。

(力が・・・力が足りない、もっと私の先導者としての力を引き出せるデッキでなければ!!)

「私にもっと強い力をくださいますよね?オーナー様?」
いつもオーナーとの話は、部屋の奥にある薄黒いカーテン越しにされているが
その中には人がすっぽり入るほどの大きな鏡しかない、細かな装飾の施された縦の鏡は真っ黒で何も映していない。

鏡に向かって、セラが強いデッキを寄越せと要求してくると、白い光が鏡の中央から生まれてきた。





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