ずっと心の中に疑念が渦巻いている。
ネーヴは浮かない顔をしたまま、デッキの調整を行っていた。

(残る標的は櫂トシキ、雀ヶ森レンと強敵ばかり・・・)
オーナーの情報では、蒼龍レオンも合流し、おそらくはカトルナイツに対抗しての戦力と考えられる。
強きファイターとのファイトは心を熱くさせるものだったのに、少しずつネーヴの心は当初とは変化しつつある。

(先導アイチ、月の宮で保護している世界を救った救世主たるファイターとファイトしてからだ)
腕慣らしとしてシンゴ、ナオキを倒し、本命のアイチと対決したのだが予想を裏切りネーヴは敗北した。
そのことにオーナーはネーヴをカトルナイツから除名することはなく、傷が癒えたのちカムイへの制裁命令を与えられ、実行。

(何を俺は不安に思っている、奴らは当然のことをしたはずだっ・・・)
傷つけた他人を罰せられる罪を。
しかし、アイチのあの鋭く輝いた青い瞳に貫かれた時、ネーヴは何か抜け落ちているような気にもなった。

邪魔が入らないのを見計らって、シンゴとのファイトの時は何も感じなかった。
ただ、今になって思い返すと彼は力の差が歴然だったはずなのにシンゴは笑っていた。



『何がおかしい』
圧倒的に敗北を前に、頭がおかしくなったとプリズン空間の中で力の差に足の震えるシンゴを見た。

『だって嬉しいのです・・先導君、櫂トシキ様の友人と僕は見られているのだと』
ずっと憧れていた、二人のファイター。
手の届かない存在だったのに、ただヴァンガードが好きなだけという並みの実力しかないシンゴをネーヴから見ると友人だと認められていることが。

『うわあぁぁっ!』
ジャッジメントを下し、倒れたシンゴ。
あれ以来ヴァンガードには一切触れておらず、部活動にも籍を入れているのみ、裁きは成功したはずだと言い聞かせる。



『確かに、櫂はとんでもないことをやらかした。でも・・・だからこそあいつを一人にしちゃいけないだ!!だから俺も、アイチお兄さんも傍にいてやるんだ!!

仲間だからだ!!』

チームQ4の中で唯一、櫂の行動に対して苦言のような大声を常に上げていたカムイ。
彼はただ櫂に対して、実力があるのに腹が立つ程度で叱っているのかと考えていたのに彼はちゃんと筋が通った信念を持っている。

(俺は勝った、なのに・・・何故)
倒したはずのシンゴやナオキ、カムイのことを考えるのだろう。
仕事だと間違っているとしてもやり通さなければならない時が、大人には必ずある・・・だが、心は乱れている。

その中心にいるのはアイチだ。



「それでは、気を付けてくださいね。戸倉君」
「ありがとう、マーク先生。三和もお大事に」

カードキャピタル前でマークの愛車の赤いミニバンは止まり、ミサキは車から降りる。
皆がどう言葉を互いにかけて、発していいかわからないまま重い空気のままに、マークに礼を各々が言って別れていく。

念のためにカムイも家まで送り、ナオキもシンの車で家まで送り届け、最後に車内に残ったのは運転手のマークと三和だった。

怪我のことを家族になんと説明すると、さすがのフォロー大使も言葉が見当たらず
『階段から足を滑られて落ちました』などと典型的な理由を、納得できるように巧みに説明してくれるという役を引き受けてくれた。

「すいません、マーク先生・・・」
「いいのデスよ。こんなことぐらいしかできないのですが・・・・・・アイチ君、どうするのでしょうね。櫂トシキ君も」

怪我はいずれ癒えるだが、問題は癒えた先。
アイチはこのままカトルナイツ側についてしまうのか、連絡が全くつかず、何処にいるかもわからない。

ぼんやりと、三和は窓の景色を見ながら・・・どうしてあのまま時が流れてくれなかったのかと神様を恨んでしまいそうなる。



アイチが後江ではなく、宮地に進学してしまい内心エミとミサキ以外はショックを受けていた。
宮地は進学がなによりも優先されて、部活動にも力を入れていてカードキャピタルに来る時間は削られてしまう。

それに、アイチと会っても櫂は会話の内容に困っていた。
ようするにネタがないのだ、三和ならいくらでも話題が泉のように湧いてくるのに、口数の少ない櫂はアイチと話はしたいが話すことがない。

ぼんやりと出入り口の方を見て、アイチがこないかと待っている。
昔はアイチが櫂を、いつもそわそわして待っていたのに、素直にメルアド交換でもして約束をつければいいのに

どうやらこの男、自分から行動することがプライドに障るらしい。
放ってはおけないが、三和はいい案がないかと考えていると、エミからアイチがカードファイト部を作ろうとしていると聞いた。

(そうだ!ヴァンガード部に入部させればいいんだ!!)
同級生の男子グループが作った部がある、櫂は愛想はないが実力はトップクラス。
ならばと学校に行くと部長らしい男にそのことを頼み込むが、あっさりと断られてしまった。

『あいつ、こえーし・・・強すぎるからつまらないんだよ。
それに部って言ってもたまにしか集まってないしさ、そんなに部が作りたいのなら福原でも行けばいーだろ?』

という、冷たい返事が返ってきた。
まだ当時、レンがいるとは知らなかったが福原は強いヴァンガードファイターが集まっているという有名私立校だ。
ヴァンガードファイトの実力次第では就学金も出してくれると、何処かで聞いたことがあるが三和は後江で作りたい。

生徒手帳を広げて、どうにかならないかと悩んでいると、マークが話しかけてきた。

「どうかしたのかい?三和君」
「マーク・・・先生。実は」
大人の知恵を此処は借りよう、とりあえずアイチとの話のネタというのは伏せて
櫂がどうやったらカードファイト部に入れるかどうか相談していたが、マークは意外な提案をする。

「だったら、もう一つヴァンガード・・・いいえカードファイト部を作ったらどうですか?」
「カードファイト部を作る・・・???」
スポーツで有名な高校では部員の数が多く、部を分割している高校もあるのだという。

定員があまりにも多いという理由だが、マークも櫂の担任からもう少し協調性と愛想らしきものを与えたいと愚痴を零しており
そのあたりから協力を仰げば、もう一つのカードファイト部が創設できる。

「私が顧問を引き受けましょう。ただし三和君、君が部長は確定ですよ」
「はぁ・・・部長ねぇ。言いだしっぺは俺だ!!やってやるぜ!!」

生徒手帳と部創設に関す校則を読んだりと、高校受験以来机に向かいまくって姉にとてつもなく心配された・・失礼な家族だ。
櫂の傍若無人・協調性皆無に耐性のある人間は限られており井崎と森川に声をかけた、井崎は乗り気だったが櫂と同じ部は嫌だと
森川は拒否したが、コーリンが宮地学園カードファイト部に入ったと知ると「俺はカードファイト部のエースになる!!」と言い出した。

残るは櫂、此処まで苦労したんだ。
入ってくれなければ困る、しかし・・・櫂は強い相手とのファイトを望む男。

いつもファイトしている三和、実力が明らかに櫂より下の森川・井崎の部に入るだろうかと心配したが。


「ああ・・・別に構わないぞ」
「おっ・・おう!!そうかー、アイチと会えなくてそんなに悲しいかー、安心しろ!!宮地との交流試合もちゃんと組んでやるからな」
「アイチは関係ない」

ツンッとした反応をしていたが、部創設後にまさか宮地と初対戦するとは考えもしなかった。
こういう理由で作ったとはいえず、最初からあったのだと説明して、アイチが納得してくれてわかったとホッする三和。

しかし、もう一つのカードファイト部は自然消滅。
三和以外で唯一の常識持ちの井崎は、月刊ヴァンガードを読みながら自分達のせいで潰してしまったのではないかと漏らすと。

「何言ってやがる!!強い部があるってだけでやめちまうなら大したこねぇ!!そう・・俺のコーリンちゃんへの愛は誰にも」
「はいはい、最初だけは良いこと言ってたのになぁ・・」

明日はウルトラレアのライブだと興奮して、部でダンスまで始める森川。
部室には苦笑する井崎と三和、櫂は無視してデッキに目を通している。



そんな時間が、続けばよかったのに。





「俺は、あいつのために・・・何もしてやれない」
ただ後ろからついて行くだけ、空しくて力の無さに三和は珍しく苦痛に顔を歪める。
周りに理解されなくて櫂はいつも一人で、三和はそんな彼のフォローをずっとしていた、櫂は口では嫌がっているが本気で拒絶はしなかった。

(アイチも最初は同じだった・・・なのに)
途中から三和と同じく、櫂の後ろを追いかけていたのにいつの間にか櫂の隣に・・・そして追い抜いた。
櫂は歩みを暗い方向へと進んでいく、三和も追いかけていくが彼も方向を失ってしまい、櫂の姿も暗闇の中では見つけることができないでいると

一筋の光が現れて、櫂の手を引っ張って光さす道へと戻してくれた。

櫂は戸惑いながらもアイチを見ている、アイチはただ笑っているだけで、無言のまま・・・心で通い合っているようにも感じる。

(言葉に、声に出すことができないから・・・だから心で話をしているのか・・・)
ずっと櫂の傍にいて、アイチよりも長く時間を共に過ごしているのに
三和の何が足りないのか、ヴァンガードの強さなのだろうか、少しだけ二人の仲にも嫉妬した

でも、櫂はやはりアイチがいないと駄目なのだ。
最初はうっとおしかったが、櫂も失ったことでようやくアイチの大切さに気付いたのに、三和は何も櫂のためにできない。

「そんなに自分を責めないでください、君は彼のために十分に尽くしました。
ですが・・・櫂君もそろそろ変わらなければなりません、いつまでもこのままというわけにはいかないのですよ」
「先生・・・」

成長するということは、変わるということ。
櫂も、三和も、アイチも

もう今までのようにはいられない、先へと進まなければならない。
外を見ると、いつの間にか雨が降り出した。

ぼんやりと三和は明日の朝には晴れるといいなと、眺めていた。










透明なガラス窓にも、雨が吹き付けて外の景色はまったく見えない。
そんな中でアイチは目を閉じてじっとしていた、眠っているわけではない・・・・意識をクレイに飛ばしているだけだ。

此処はとある森の泉の前、この場にいるのはレオン、レンにアイチだ。
クリスはやらなければならないことがあり、この場にはいないが・・・アイチは心に決めたある決断のことを二人に話す。

「決めたのか・・・先導」
「うん、君達の言う通り。もう・・・僕の力では止められない」
胸に手を当てて、悲しげな表情をする。
それを見たレンは予想以上に事態は進行しており、早めに手を打つ必要があると悟った。

「もう、前と同じではいられなくなる。わかっているよ、平行線のままじゃだめなのも。
だけど僕はソレを恐れていた、そのせいで皆を危険にさらしてしまったことを、責任は取るよ。

僕が全てに決着をつける」


そういうと、アイチはこの場から消えた。
ようやくアイチは動こうとしている、レンもレオンもアイチの貸し分を返すまでの時間は待ったつもりだ。

「だが、櫂トシキ。奴をどうにかしなければ・・・」
「そうですね。・・・アイチ君は敵にも優しいですから、手加減しちゃうところありますから


だから僕達は、救われたんですけどね」

あれだけアイチに対し、心を傷つけるようなことを言ったレンも
大切な己の分身、ブラスター・ブレードを奪うヴォイドに加担したレオンにも

アイチはただ敵を倒すのではなく、相手も救われる方法を模索して勝っている。

きっとレンもレオンにも一生真似はできない。
今回も、同じ手が通用する相手とは話を聞く限り思えないし、人の情けを逆手に取る人間もこの世にはいる。





「先導・・・お前には奴らは倒せない」





人に対する・・・・櫂への甘さを、それを捨てない限りアイチに勝ち目はない。















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