ずっとアイチにはエミが必要だ、一人では不安だ。
朝だって起きられないし、人の迷惑をかけてばかりいるから、アイチの面倒を見てあげること、それはエミの妹として仕方なくしていることだった・・・・。





エミはずっとアイチからの連絡を待っていた。
シズカは大丈夫というだけで、警察にも届けてはくれずに頼みの綱であるミサキもコーリンから今は体調が優れないと会えず

自分が最後の砦だ。
カードファイト部の部長になって少しは人並みになったと安心したのにやっぱり、しっかり者のエミがいないとアイチは全然ダメ。



早くアイチから事情を聞かなければ。
そして、早く連れ戻さないといつまでも学校を休んでいるわけにもいかない、アイチは高校生なのにと苛立ちばかりが募る。

「もうっ!!アイチってば、全然連絡してこなくて何やっているの!」
お風呂に入り、エミは誕生日におねだりしてって買ってもらったピンクのドレッサーの前でブラシで髪を手入れしながら
鏡に映る己に向かって怒りをぶつけていた、カムイも隠しているように最近逃げるし、エイジ達も店にこなくなったが

大変なことが起こっているのではないか?そう胸騒ぎがしてならない。

もう今日は連絡はこない。
寝ようかと下へ降りて歯磨きをしようと立ち上がったところで携帯の着メロが鳴る、アイチの着信が合った時のメロディだ。

携帯に飛びつくと、画面にはアイチと表示されており
すぐに通話ボタンを押すとアイチの声が聞こえてきた・・・、なんだか力がないように感じる。

『・・・・エミ?』
「もしもしアイチ!!今どこにいるの!!お母さんにも私にも皆に迷惑かけて、一体何をやっているのよ!!」
今までの怒り全てをアイチにぶつける。
ずっと心配していたのに、またいじめられているのでは?もしかしたら誘拐されたのではとずっと心配ばかりさせているアイチ。

「とにかく早く帰って来て説明するの!!アイチ!聞いているの?」
エミばかりが一方的に話しかけているだけで、アイチは何も返事はない。
黙ってエミの話を聞いている、馬鹿にされているのか?それともエミのことをからかっているのか、アイチの考えていることがまるでわからない。

その決定的な一言がアイチの口から出た。



『エミ・・・・もう、僕のために何もしなくていい』



それはある意味、しっかり者の妹をクビにされたような警告だった。
アイチはエミがいないと全くダメな兄、それはずっど昔から続いていたのに、アイチからそんなことを言われたことにエミは酷く傷つく。

「何よ・・それ、アイチ・・どういう意味なの?」
『エミ、僕はもう自分のことは自分でする。心配もしなくていい、君は自分のやりたいことをすればいい・・・』

震える手が持っている携帯を落としそうになるが、必死に耐える。
大声で怒鳴っている声をシズカが聞こえたのか階段近くで、足を止めて上を見上げた。

「ふざけないで、アイチは一人じゃ朝も起きられなくて・・・優秀不断なくせに・・・!!」
『・・・ごめんね。でも、いつまでもエミには甘えられない。僕はやらなければならないことがある、だからもういいんだ。

母さんにもよろしく伝えて』

途中から強く、最後には悲しそうにアイチは電話を切った。

「アイチ!!アイチ!」
急いでリダイヤルするが繋がらない、まるで今の状態と同じだ。
一方的にエミが想いを伝えなくて、でもアイチはそれを遮断して、何度も何度もアドレスから電話を掛けるが繋がらない。

「アイチの馬鹿!!」
扉の向こうにはシズカが、向かい合うように扉の前に立っていた。
中からは泣きじゃくる声が聞こえたが、ノックをしてから入ろうかとも迷ったがシズカは足音を消して、下への降りていく。




悲しいことがあったのに、太陽とは言うのは変わらず上る。
しかし、エミの心は大雨洪水警報発令中、昨日はシズカか来るまで起きることもできず、いつもの時間に起きられなかった。

もともとアイチを起こすために、いつも早めに起きていたが今はアイチがいないのでこれが普通。
しかし人間、ついてしまった習慣というのはすぐには消えない、ぼんやりと歩いていると後ろからマイとレッカが挨拶してきた。

「おはよう、エミちゃん!」
「おはよう!」
いつものように明るく挨拶、しかしエミは力なく「おはよう・・・」と返すだけ。

元気がない様子を見て、心配してくるレッカとマイ。
アイチがずっと家に帰っていないことを二人とも知っており、そのことが関係しているのでと何でも相談してし信号待ちをしながら話をしていると
横にいた後江の男子高校生達がこんなことを話始めた。

「俺の妹さー、この間名前呼び捨てしやがったんだぜー!!」
「マジかよ、俺のところも妹いるんだけど、だらしがないからとか見下して、かわいくねーの」
「あんな妹はこっちから願い下げだぜ、俺は一緒に遊べる弟の方が欲しかったぜ!!」

妹が兄を呼び捨てにすることは、兄からすると許せない。
それを聞いたエミは今まで普通に『アイチ』と呼んでいたことを初めて疑問が生まれた。

しかしアイチはダメダメで、だらしがないところばかり、兄と呼ぶのは相当抵抗がある。
だがさすがに中学生となり、校内で高校生の兄をアイチと呼ぶのはいかがなものかとも悩み始める、もともと似てない兄妹でカムイも最初気づかなかったほどで
他人から見ると、とても失礼なことをしているのはエミの方ではアイチは実はエミの知らないところで苦労をしているではと
初等部時代にエミと同じように乱暴なダメ兄貴のいる子が、校内では『兄さん』と呼んでいるのを聞いて驚いた。

「ねぇ、あの兄さん・・・前は凄くだらしがないから嫌いだって」
呼び捨てにもしているのを何度か耳にしていた、エミに話かけられた女子は意外な返答をしてきた。

「確かにそうだけど、もう中学生だし、その辺の区切りはちゃんとしないと。
世間ではそれって非常識に当たるんだってお母さんに怒られてね。社会に出ればさ、だらしのない人間に対しても
敬わなければない時があるんだって、それがどうかしたの?」
「・・ううん、ごめんね。変なことを聞いて」

その正論ともいう理由に、エミはトドメを刺された。
今更兄とも呼びたくないか、礼儀はしっかりと教育された家庭で育ったエミは己に落ち度があったのではと揺らぐ。

だからアイチはエミのことが距離を置くようになったのでは、もしかしたら嫌いになったのかもしれない。
よく考えるとアイチは情けないからと結構キツイこともいう時もあったから、自分でも後から後悔したことがあったけど

アイチはもう、エミのことなんていらない、嫌いになったのではと考えると途端に怖くなった。


(私、アイチのお守りから解放されたのに・・その役に戻りたいってずっと考えてる)
渋々やっていたはずなのに、これでは依存が強いのはエミの方。なんだか情けなくて認めたくない。
授業中もそのことばかり考えていて、教師に叱られてしまい恥ずかしくて顔を下に向けて顔を隠す、レッカとマイは顔を合わせて首をかしげるばかり。





「天使の聖なる癒しで、貴方の病も治しちゃうvvレッカちゃんのキュンキュン、シーク・メイト!!レギオン!!」
青紫色の髪と目をした天使のアルキダエルが祈りを捧げると、現れたのは紅色の髪の明るそうな投薬の守護天使 アスモデルだ。
レギオンアタックも成功し、エミのダメ―ジは5枚目となる。

「ターンエンド、エミちゃんのターン・・・・だよ?」
放課後になり、可愛らしい部屋でいつものようにヴァンガードファイトをしていた。
マイは習い事があって今日は部室に寄らずに帰ったのでレッカと二人だけだが、エミはぼんやりとしているだけでまったく集中していない。

「エミちゃん」
「えっ・・・えっと、ガードしまっ・・・・・!」

だがカードを見て、レッカのターンは終了しているとわかると恥ずかしそうに顔を赤く染める。
小さな溜息を吐くとファイトを中断し、この間三人で買いに行った花模様のティーカップでお茶をすることに、苺ミルクティーの甘い香りが漂う。

だが、カワイイティーカップに美味しい紅茶でもエミの心は晴れない。
ずっと悩んで沈んでいるエミにレッカはそっと彼女の手に触れた。

「私でよかったら話して、相談に乗るよ・・。恋愛関係は専門外だけどね」
「ありがとう・・・・・・・レッカちゃんって突然当たり前にやっていたことをやらなくてもいいって言われたことがある?」

その時、タクトのことを思い出した。
ずっと使命という名の束縛をされて、自由もなく、ただ主に従うだけだったのにタクトは消えて、リストラもいいところ。

コーリンと同様、ロクでもない過去の記憶を整理するのに時間がかかってしまい、とりあえずアイドル活動は無期限休止にして
もう愛想を振る舞う必要もないとせいせいしていたところだが、自由になると何からしたらいいかわからなくなる。

(自由って憧れていたけど、大変だったんだよね・・・)
家族もいない、いつまでもマイのところに居候もコーリン同様にできない。
マイの家族は優しくてタクトが行方不明だと聞いて、自立できるまでいつもいいと言ってくれるくらい懐の大きな両親。

でも、甘えることなどできない。
自由と引き換えに、自己責任という重さを背負い、自分のことは最低限自分でしなければいけない。

「そうだね、もしかしたら自分はその使命に甘えていたのかもね。だって必要とされるのって嬉しいじゃない?」
誰かに、アイチに必要にされること。
アイチはエミがいないと駄目だ、だからエミは絶対に必要。

図星を突かれた気分だ、その不安はアジアサーキットからあった。
名のある強敵を倒しアジアサーキットのチャンピオンになったアイチに近づこうとしたら、レン達や記者達に阻まれて傍に寄れなくて

距離感を感じていたけど、家に帰ったら不安は消えた。
宮地に戻ってくるのは心配だったけど、エミと同じ宮地に戻ってくる、次にいじめられたら今はエミが守ればいい。

後江に行ったら三和や櫂達にアイチを取られてしまう。だから心の何処かで安心している自分がいた。
でもアイチは宮地では流行っていないカードファイト部を作った、部長にもなっていろいろと忙しくて同じクラスのナオキとシンゴとも
よく一緒に歩いていて、真中にアイチがいて囲まれて、エミは入る隙間がない。

妹なのに、アイチの面倒を見てしっかりしているのに。
どうしてエミだけにアイチの隣が、特別な用意されていないのだろうか?

カードファイト同好会。
部までは創設できなかったけど、アイチと同じものを作った。

アイチにもできて、エミにできないことはないと負けたくなかったのかもしれない。
短絡的な理由で同好会はマイとレッカで作ったのだ、これでアイチの傍で当たり前に面倒が見れると思ったのに。

『もう、僕のために何もしなくていい』

ダメな兄の面倒役から解消されたのに、また戻りたいなんておかしい。
レッカにそう言われて、エミは初めてそのことを理解した。

「私もさ、実はねアイドルはやりたくなかったんだ」
「えっ・・・、だったらどうして・・・・?」

その時のレッカの顔はとても大人びていて、理由を聞くことが自然とできなかった。
聞いてはいけないような気がして、いつか話せる時まで待とうと何となく心が納得する。

「でもね、やらなきゃいけなかったんだ・・・いろいろとあってね」
学校だって来たくなかった、コーリン達と仲がいいから離れたくなかったとかではない。
同世代の子達が苦労なく、親の下で暮らしているのが許せなかったのかもしれない、レッカは記憶を奪われて親の顔も思い出せなかったし
仲良くなりたいとは思わなくて、周りの子も空気を読んでか話しかけてくる子も興味本位以外いなかった。
だからエミ達には感謝している、こんなどうしようない表と裏のあるレッカなんかに話しかけてくれて。

「私も、やろうと決めたことをしようと思うのに。エミちゃんもそうすればいい」
「やりたい・・・こと」

レッカは今から行かないとと、カバンを持って何処かへ行ってしまった。
それを一人、見送るエミ。

(あの時も、そうだったな・・・)
レンとレオンが迎えに来た時、もっと詳しく聞けばよかったのにできなかった。
自分の手には負えない、ついていけないって悟ったからかもしれない、それにアイチから居場所を聞き出してもエミはきっと行けない。

立ち位置や、身の程を知らずして無謀に足を踏み入れるほど馬鹿じゃない。
アイチももうすぐ高校2年生にもなる、進路調査も決める歳になっている、いつまでも時は止まったままではいられない。

「・・・・あっ・・・」
街灯を何となく見ると、変な傷があった。
小さい頃からある灰色の街灯、その傷はエミの目線ぐらいにあったが今は少し見下ろす位置にある。

「私も・・・大きくなっているんだ」
アイチも同じように大きくなっている。
いつも傷だらけで、シズカは誰にやられたのと尋ねてもアイチは自分がとろいからなのだと名前を言わない。

ままごとにも嫌な顔一つせずに、夫役を引き受けて友達からは羨ましがられて
エミちゃんみたいな兄さんがほしいと、自慢の兄だったのに

小さい頃の記憶で今でも覚えていて、あの時は大好きなアイチを守れなかったけど大きくなったら絶対に守ると
傷つけて奴らを絶対に許さないと、誓っていた幼いころのエミの誓い。

誰よりもしっかり者になって、必ず大好きな兄を、アイチを守る。

(ああ・・・だから私はアイチを守ろうとしていたんだ・・・・)

いつも優しく、乱暴な口調で怒られたことも叩かれたこともなくて温かくて、大好きなアイチ。
しっかりしろと口うるさく言うのもアイチを厳しく言えるも、妹も唯一エミだからこその特権。



「私も、しっかりしないといけないんだ」



これではアイチのことなんて、もう叱れない。
エミもエミでしっかりとしなければいけないのだと、凄く嫌だけど認めなければいけないのかもしれない、アイチに追い抜れたことを。

「・・・レッカちゃんと同じ、何からすればいいかわかんない・・でも、やりたいことを探そう」
アイチのことは、大丈夫。
だって憧れている櫂やミサキ、ナオキ達もいる。

私の声は届かなかったけど彼らなら、きっとアイチを取り戻してくれるはずだ。
ずっと下を向いていたエミは顔を上げて、夕暮れの太陽の光を顔で照らされても、負けないくらいにエミは光っていた。







コーリンとスイコか、レン達と何かしているのは薄々気づいていたけど
レッカはまだ幼くて、もう『ウルトラレア』でもないのに手伝ってもらう強制的な理由ない、強引に聞くこともできずにずっと悩んでいた。

「ちょっと、私をのけものにする気なの!」
仁王立ちをして、私服の二人の前に現れた。
制服を着て、学校から直接PSYに来たのだとわかる。

「・・・レッカ・・・」
「・・・・・私とコーリンで決めたのよ、レッカ。貴方はこの件に関わるべきじゃないと。ちゃんと考えあって此処に来たの?」
見透かすようにスイコが尋ねる、この中で一番力を持つスイコに隠し事は通じない。
仲間外れは嫌だとかいう理由ではないと、レッカはたじろぐことなくスイコを見た。

「私もリバースされたんだし、足しにぐらいはなるはず。それに・・・はみ出し者の気持ちはよくわかるから

それに三人でウルトラレアでしょ?」

スイコとコーリンだけじゃなくて、レッカも加わって世界的ヴァンガード広告塔アイドル・ウルトラレア。
心から浮かべられる初めての笑顔で笑う、その決意は本物だと悟ったのか以前はファイトテーブルのあった場所にはヴァンガードサークルが描かれている。

それを下にして、三人は手を結んで輪を描くようにして立つ。

「なんかさ・・こうして三人で一致団結するのって初めてかもね」
初めてだと、こんな事態なのにわくわくするとこんな時なのに笑ってしまうレッカ。

「そうね・・私達、同じ境遇のはずなのに別の方向をいつも向いていた」
最初は話もロクにしなくて、ギスギスした雰囲気だった。
記憶を奪われて家族と離れ離れにされたと、重苦しい雰囲気だったのは今でも覚えている。

でも、アイチやレン、それからいろんなヴァンガードファイター達に出会うことで少しずつ三人は向かい合うようになれた。
先導者達のおかげで性格も真逆で、子供らしさもないような少女達は手を取り合えた、その彼らのくれたものを今こそ返す時。


「誰かの命令でもない、皆で考えて悩んで決めたものね。
初めてかしら?私・・・私達本気で成し遂げようと、頑張ろうって思えるのは」
人の人生を歪ませてしまうかもしれない命令だがスイコはコーリンとは違い、早く使命から解放されたかった。
家族がきっと心配している、待ってくれているとスイコにはやらなければならない理由がある、タクトに脅されていたと理由をつけて
ようやく使命から解放されれば、家族は全員死亡し、スイコだけが生き残った記憶が戻り

残ったのは罪悪感だけ、スイコの帰りを待っている者などいないために、とんでもないことをしてしまったと心は今も後悔しか残っていない。


「そうよね、ずっと疑問を抱いてから誰かの命令だったことに・・・・苦しかったわ」
コーリンも最初はスイコと同じ、早く使命から解放されたかったが、アイチと出会ったことで心は大きく揺れ動いた。
人格を歪ませてしまう力をヴァンガードが好きだったレン・アイチに発現させ、苦しめさせた発端はコーリン達も関係している。
リンクジョーカー事件のことだって、櫂同様に責められてもおかしくないと苦しそうに話す。


「今日は初めて三人で手を繋いで協力できたんだ。私も・・・自分で決めたんだ、皆がこうして私達が向き合えるようにしてくれた恩返しのために!」
後になって後悔するかもしれない、そうなったら何がダメだったか考えればいい。
だってもうウルトラレアは本当に向かい合って、踊って歌える気になれたような気持ちになれる。

誰かに命令されたのではない、自分で考えて、自分で決めた初めてのことだ。

彼女達の目が輝き・・身体も次第に発光していく。
クレイへと意識を飛ばしているのだ、その中でコーリンはアイチのことを考えていた。





(どうか、無茶はしないで・・・・・皆も間に合って!)
アイチが行動を起こす前に、コーリンはこの『問題』を解決させたかった。
あの優しいアイチには厳しすぎる決断だと、ミサキと・・・・櫂を期待するしかないと今は自分のできることをして


アイチの仲間達を信じるしかなかった。








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