「ぐっ・・・!!」
床に倒れるセラ、同時にブリズンは解かれていく。
慌てたように顔に殴られた跡のあるモレスが現れて、セラがやられたのを見て、主人の敗北に信じられないと驚いているだけ。

ふわりと小さな光がセラの体から出ていく、シードかとも一瞬思ったが櫂が「アイチ・・・」と呟いたことで、安心する。

少し迷ったように浮かんでいたが。カムイ達の横をすり抜けて自身の身体へと帰っていく。
全身が淡く輝くとアイチの青い瞳がゆっくりと開かれた。

「・・・・ミサキ・・さん?」
「アイチ・・・!!アイチ・・・!」
いつも気丈で、男のアイチなんかよりも逞しいミサキが、年相応の少女のように泣いている。
意識がまだぼんやりとしていて、うまく考えがまとまらない。

カムイやナオキ達も泣きながら、アイチに呼びかけている。
瞳を動かすと、そこには櫂と三和がいた。

「櫂・・・君・・・」
「アイチ、よかった。本当に・・・よかった」
その姿に、櫂は誰よりもアイチが死んだと思われた時ショックだったのだとカムイはわかった。
あのセラにすらも隠し通したが、アイチが戻ってきたことで緊張が解けたのか、櫂は立っていられなくなったのかその場に屈んでしまう。

「アイチさん・・・僕・・僕は」
「よかった、アイチ殿」
「アイチ君・・・・!」

ガイヤールやネーヴ、ラティも心配そうに話しかけてきた。
傷だらけなのは彼らの方なのに、アイチが戻って来たことを本当に心配してくれていた、真実を知り、彼らのためと言いつつ隠してきたというのに。

「皆、僕は・・・」
アイチが何かを言いかけたが、ブリザードによって掻き消された。
凍え死ぬほどの力、ガイヤールは前を見るとそこには手を翳すセラがいる。

「私はっ!!負けてなどいない!!」
まだ足掻こうとするセラ、ブリザードは強くなってアイチ達を襲う。
ある程度回復したレンとレオンが力を使って、白いシールドを貼るがシードを失ったとはいえ、セラの力はすぐには失われなかった。

「いい加減にしないか、貴様!」
「そうですよ、貴方は負けたんですよ。・・・頑固も此処までくる傲慢と呼ぶべきですね」

二人の言葉も届かずに、ブリザードはさらに強くなる。
櫂が立ち上がり、加勢しようとしたが後ろを見て、驚いた。

「何!!」
防ぐのがやっとだったはずなのに、セラのブリザードを押し返してきた。モレスはあまりの風に吹き飛ばされてしまう。
辛うじてセラは吹き飛ばされずに済み、吹雪から守っていた腕をどかすと、上半身のみを起こし手を翳したアイチがいた。

まだ、意識ははっきりとしてはいないがもうアイチもセラに対しての迷いは捨てた。
あの力を前に、今のセラでは分が悪すぎる、引くしかなかった。


「必ず、シード以上の力を手にし、貴方達に敗北という辛酸を舐めさせてあげますよ!」

凄まじい吹雪を巻き起こすと、セラはモレスを連れて、その場から退散する。
完全にセラの気配はなくなったとレオンは言う、辺りを見渡しながらレンも同じ意見を口にした。

「アイチ、大丈夫か!」
心配そうなナオキが話しかける、起きたばかりであんな力を使って、顔色は相当悪い。

「ごめんね・・・ナオキ君も。僕がもっと・・・」
そのままアイチは地面に倒れる。
近くにいたミサキも、反応が遅くなって受け止めることができなかった。

意識が遠のいていく中で皆のやり取りの声が聞こえる。
テツが救急車を呼べと叫び、ガイヤールや櫂達がアイチの名前を何度も呼んでくれていた。

もう一人じゃない、それがわかると安心してアイチは眠ることかできた。









しかし、眠った後は本当に大変だった。
救急車が到着すると、アイチの付き添いにはミサキと三和が同乗し、近くの病院へ。

その後、ビルそのものが不当な売却がされていたことがわかって警察に事情を説明を求められた。
社会的に身分のしっかりしているFFの当主としてレンと、重役であるテツが冷静に対応をし、ビルは周辺は大騒ぎとなった。

警察にようやく一時解放されて、櫂達は三和からの連絡がアイチが搬送された病院へと行くと待合室ではミサキと三和、エミがいた。
ミサキからの連絡を受けて、シズカと共に病院へ来たが突然のことにやはり動揺している。

「エミさん・・すいません。俺達・・・」
「いいの。お医者さんもね、命には別条はないだろうって言っていたから母さんは、入院の手続きをしてるし」

医師からの説明はすでに終え、体力をかなり消耗はしていて療養と、念のために検査が必要だと教えてくれた。
シズカが入院の手続きを終えて戻ると、アイチを心配して沢山の人間が集まっていることに目を丸くている。

「すいません、俺達が先導を、いいえ。アイチを止めなかったから」
「僕も同じです、彼の友人でありながら」

シズカに対し、丁寧な口調でレンとレオンが謝罪する。
アイチの周りにはイケメンだらけだと、こんな状況ながらも考えていたが謝るよりも先に彼らはしなければならないことを大人として教えてきた。


「家族に連絡はしたの?もう夜中の3時よ。きっと心配しているわ」


廊下の壁にかかっているアナログ時計は午前3時を差している。
三和とカムイは「うわー!!やべー!」と慌て、ミサキもシンとコーリンが心配していると携帯を取り出すが院内では携帯使用禁止のため
一時電話をかけるために全員が外へとゾロゾロと移動していく。

「FFの留守を任せている、美童達に連絡をしなければ」
「そうね、仕方ないからスイコには私が」

「クリス達にもアイチが無事であると連絡しなければ」
「私は光定に連絡しておくわね」
「では、ユリさんとガイ君にもしますねー」

友人達がいなくなると、アイチのいる個室の病室へいくシズカ達。
念のためにと、アイチは点滴をされ、扉が開く音で目を覚まし、顔をこちらに向けてきた。

「・・・・母さん、それにエミ?」
「アイチ!!」
よかったと安心しているエミ。
内心、エミには「何やっているよ!!」と怒鳴れることを覚悟したが、元気そうな安心したと笑うだけだった。

「明日、必要な物を持ってくるから着替えの他に何かある?」
「えっ・・・そうだね・・・」
今日が土曜日でよかったと話すエミ。
何だか見ない間に大人になったような感じがしていると、シズカがアイチに近づくと


平手打ちをした。


「おっ・・・おかっ・・・・!」
それに一番驚いたのはエミ、一度も殴られたことなどなかった穏やかなシズカが怒りで涙している。
震えながら初めて、シズカの感情が爆発したのを見た。

「病院に運ばれるなんて、一体何をしている!!いつだって・・貴方は私を心配かけさせっ・・・・・!」
嗚咽をしながら、口元を押さえて涙するシズカ。
殴られたアイチの赤い頬を見て、カッとなってアイチを殴ったことに罪悪感が襲ってくる。

「ごめんなさい・・・違うのよ。本当に悪いのは私・・・守り切れなかった私が悪いのに」

気が弱い故に、学校でいじめられても守ることができなかった。
調査をするように学校側に依頼をしたが、相手もわからず、名門という名に傷をつけたくないと札束で分厚くなった封筒を押し付けられたが
受け取りを拒否し、シズカは宮地にはいられないと後江へと転校させた。

エミは気が強いがアイチと同じ目に合うのでは、転校させようとしたがそれを夫が止めた。
高い学費を支払っているんだと、子供の教育を怠ったシズカのせいでアイチかいじめられたのだとシズカを責めた。

後江に転校をしても、いじめられた経験のせいかなかなか友達ができない。
学校も非協力的でまるで、家族も誰も手を貸したりしなかったが不安な顔なんて子供の前で見せられなかった。

常に笑顔で、穏やかに。

中3になってアイチはヴァンガードのおかげで友ができたのかと、話をしてくれた。
よかった、本当によかったと心の底から喜んだ、全国大会にも、アジアサーキットにも出場し、アイチの人生は進みだしたのだと。

でも、一つだけ反対したことがあった・・・宮地へ戻ると言い出したことだ。
将来のために宮地へ行きたいというわけではない、もう逃げない、過去を清算するために戻ると。

家族会議でエミは反対したが、夫は賛成の姿勢のため、シズカは反対ができなかった。
アイチの意志を尊重させたかった、シズカは幼い頃から親の敷いたレールのような人生を歩んできたから、良い学校・就職先・結婚相手すらも。

だから、アイチには自分で選んでほしかった。
でも幼いアイチには酷だった、何が正しいかも責任も知らずに、放り出したも当然で

自分で選んだ道に対して、シズカは感情を露わにして、一番酷いのは何もしてくれなかった世間でも父親でもない、シズカ自身だ。


「アイチ、ごめんなさい・・母さん。何もできなくて、ごめんなさい」
「ううん、違うよ。母さんは悪くない、悪くないよ」

アイチを抱きしめるシズカに、優しくアイチが背中を撫でる。
ずっと耐えていたエミもたまらずアイチを抱きしめる、無茶をして、本当は怒りたかった。

でも、それでは繰り返してばかりだと堪えたのだ。


個室入口には、入れずに腕を組んだ櫂とカムイがいる。
親にこっぴどく怒られたのか耳が痛いと、耳を押さえているが櫂は携帯で誰と連絡したのを見ていない。

「おい、お前はいいのかよ」
絶対に親に怒られる、特大雷を落される母親をイメージして笑うカムイ。
ロクでもないイメージだと悟った櫂だが、外には聞こえない程度の音量で。

「両親はいない、お前と同じ歳ぐらいに事故で死んだ」
「そっ・・・そうか・・・わりぃ・・・」

知らなかった、両親がいないことを。
そうでなければ自由にあそこまで動けないと納得した、カムイの歳で両親を失う、それはどれほどのショックなのかわからない。

(だから、なのかなって納得はできない・・でも)
櫂の見方を以前より変えられる気がし、顔は動かずに櫂を見ていたがミサキ達が戻ってくるとふとあることに気付いた。

「そういえばカトルナイツの連中はどうした?」
「家族に電話しに行ったのか?おかしーな、病院までは一緒にいた気がしたけど」

連絡を終えて戻ってきたレンとレオンにも聞いてみたが、首を横にされてしまう。
何処に行ったのだろうと、考えている間に夜が明け



太陽の光が櫂達を照らす。






inserted by FC2 system