何度も入念に忘れ物がないかチェックをした。
忘れ物をしたら櫂に迷惑がかかってしまうからだ、こんなに緊張したのは宮地入学試験以来だ。

「櫂君とお泊り・・合宿では皆と一緒だったけど・・・」
同じものを食べたが、眠った部屋も別々。
でも今回は櫂と同じ空間に、二人っきり・・こんな時なら三和かナオキでも誘えばよかった。

今からでは、都合がつかないし急すぎると今更後悔していた。


「よしっ!!忘れ物はない!!」
これで何回目だろうか、忘れ物チェックをし、旅行用のカバンのファスナーを締める。
制服から私服に着替える、明日は幸いにも日曜日なのでそのまま出かける予定を入れて、玄関前にはエミとシズカが見送りに来てくれた。

「櫂さんに迷惑かけちゃだめよ!携帯アラームだけで起きるのよ!」
「櫂君によろしくね」

「うっ・・うん」
シズカよりも、厳しくエミは念押しをしアイチを見送る。
高校生になり少しは頼もしくなったと皆は言っているが、エミからするとまだ心配だった。

「アイチ、大丈夫かな・・・櫂さんに迷惑かけたりしないかなー・・・」
ついていきたいがさすがに、男の部屋に一緒に泊まりに行くほどの度胸はない。
散々アイチにはきつく念押しはしておいたが、やはり言い足りないのかエミは心配だった。

「大丈夫でしょ?初めてのお泊りに緊張している方が心配だけど」
「もうっ、お母さんいつもそればっかりーー!」

口うるさく叱るのは、いつもエミの役目。
遠くから見守る姿勢のシズカに、アイチをもっと厳しくいうべきだと怒っている。



オレンジ色に染まる空の中、また荷物をチェックしていたら余裕をもって家を出るはずが遅くなった気になり
足は自然と早歩きとなり、待ち合わせの公園入口へと急ぐ。

「あっ・・・櫂君」
目を閉じ、腕を組んで櫂はすでに待ち合わせの場所に到着していた。
アイチの声に、櫂はゆっくりと目を開ける。

「ごめん・・・遅くなっちゃったかな?」
「まだ余裕があるだろう、俺が先についてしまっただけだ・・気にするな、行くぞ」
家を知らないアイチは櫂の後ろをついていく。
隣に並んで歩けばいいのに、癖なのだろうか櫂の後ろについていく形で歩く。

(そうだ・・僕はこの背中に追い付きたくてがんばっていたんだよな)
早く強くなって櫂と並んで歩きたい、櫂が認める強さになったが何故か櫂の後ろを歩くのが安心する。
一つ下しか変わらないのに頼もしくて、強い櫂。

「ついたぞ」
「あっ・・・うん!」
いろいろと考えている間に櫂の家の前に到着。
イメージ通りの新築のマンション、オートロックタイプのマンションは両親の残した貯金から支払っているとか。

中学までは親戚の家から通っていたが、親戚といえど親のような存在にはなれなかったらしい。
その辺はアイチには理解はできなかった、両親は健在しているのだから。

「入れ」
「お邪魔します!!」
姿勢を正しく、ビンッと背筋を立てて中に入る。
ワンルームの綺麗な部屋で、棚にはヴァンガードのストレージが何個か置いてあったりシンプルな部屋だ。

(櫂君の・・・においがする・・・・・・)
暮らしているのだから当然なのだが、部屋にいるだけで変な言い方だが
櫂に抱きしめられてるような、恥ずかしくて口に出せないが、そんな匂いが息をするだけでしている。

「今、夕食を温めるから適当に座っていろ」
「僕も手伝います!!」
「温めるだけだ、問題ない」

櫂はこの日のために買ったアイチ用マグカップ(三時間迷って買った)の中に、コーヒーを入れて出した。
折り畳みの黒いミニテーブルを取り出し、座っていろと圧力をかけてくる。

「あ・・・ありがとう」
お客様扱いされているが、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
お荷物は嫌なのにすることがないアイチは、おとなしく席に座る。


コンロのスイッチを入れると、鍋の中身を温め直す、無難に選んだメニュー(三日ほどかけて)の
ロールキャベツにサラダに、(納得のいくものを作るまで何日も特訓した)とろけるオムレツを作り始める。
顔は動かさずに目だけ動かすと、手慣れた様子でオムレツを作り始める櫂を尊敬の目で見るアイチ。


(失敗は許されない・・・・!!)

ファイトの時以上に緊張している、アイチの前では失敗は許されない。
そんな格好の悪いことしたら、再び闇落ちしてしまいそうだし、気合を入れて最後の仕上げをする。

一番出来栄えの良いオムレツをアイチにあげようと、皿に持っているところで櫂は理解した。


(ああ・・そうか、俺はアイチの前では見栄を張りたいのとか)
追い抜かれたとVF甲子園で感じていたが、きっと櫂はアイチの前では常に導く先導者でありたい
憧れて、前を歩く者でありたいと、でもアイチが前を歩き始めるとそれが嫌だった。

(馬鹿だな・・・俺も)
だが、並んで歩くのも悪くないとオムレツを崩さないようにフライ返しで慎重に皿に置く。
左横からはアイチが尊敬のまなざしで目を輝かせて見ていた。


白い湯気からは、食欲をそそるいい香り。
二人分の食事を置くには少々狭く、テーブルの上には隙間なく皿が置いてある。

「いだきますっ!」
礼儀正しく正座をし、緊張しているのか頬を赤く染めているアイチ。
まるで最初に会った時に戻ったようだ、まさか櫂も逆の立場になろうとはイメージもしなかった。

世の中というは本当に何が起こるかわからない。


一口一口、皿には少しも残さずにアイチは櫂の料理を食べ終えた。
その様子を櫂はずっと見ていて、その様子だけで数週間の料理特訓が報われた気がする。

「とってもおいしかったよ、櫂君」
「そうか、嫌いなものがあったらと思ったが・・・あったら言え、次に作る時にメニューを考えるのか困らない」

つまり櫂の中では、アイチがまた櫂の家に来るのが前提となっている。
人の家に食事にお泊りだけでも心臓が止まってしまいそうなのに、また来ていいと櫂の言葉に死にそうだ。

(変な意識なんてして僕馬鹿だ・・・友達として、うん・・・そうだよね)
手を繋いで皆のところに行った時、やっと櫂と横に並べて対等になれたのに
傍にいるだけで変な緊張したりする時があるだなんて、幻滅されてしまいそうでこれでも隠しているのだけど

許容量を超えた感情の変動に、心がガードしきれない。


一人で考えている間に、櫂は洗い物を終えたのか蛇口を閉めると。
「先に風呂に入れ、俺は次に入る」
「いいよ、僕が拭いておくから櫂君が先に」

「だが、何処に皿を置けばいいか知らないだろう」

皿を収めていると、棚にMと書かれたマグカップが目に入る。
このイニシャルのつく人物は一人しかいない。

「何処からか俺の家を嗅ぎ付けて、あいつ時々押しかけてくるんだ」
「そう・・なんだ」

三和は櫂の幼い頃からの知り合いで、無二の親友。
ブラスター・ブレードを渡された時しか接点のないアイチとでは差がありすぎる。

(仕方ないのに・・変な僕)
三和に嫉妬している、心の狭い自分が情けない。
悟られないようにして、愛想笑いをして先に入浴させてもらう。

櫂は特に気にせず、三和のマグカップの隣にアイチ用のカップを置く。
いつ来てもいいように、取りやすい位置に置くと櫂は満足そうに笑った。


「・・・よく考えたら、櫂君もこの浴槽に・・・・!!」
湯の中に鼻まで沈めていると、アイチは変なイメージを脳内に浮かべてしまう。
いやらしいイメージだと身体全てを浴槽に沈めて邪念を振り払う、この家に来て触れるもの全て櫂の匂いがして刺激が強すぎる。

さっきまで三和との差に落ち込んでいたのに、バカみたいだと再度、情けなくなってきた。




「櫂君、お風呂空いたよ・・・」
持ってきたバスタオルで髪を拭きつつ、出てくると櫂はTVの前に足を組んで座っていた。
映し出されていたのはニュース番組でリンクジョーカー事件に関すること、ファイターの間の地球危機とされていたが
一般の人々にも、その異変に気付いていたとキャスターの男女が討論しているところだった。

『突然性格が変わるなどし、様子がおかしくなったという例も多く聞かれていますね・・・』
『ゲームにはまりすぎての精神に関する病とも考えられていますが、どうなのでしょうね』

ドクターOもゲストと呼ばれ、難しいことを話しているが
今回ことが原因で、人間関係が壊れてしまったことやヴァンガードファイターをやめたという事を聞くたびに櫂の手が震えている。


無言で近づくとアイチはテレビのスイッチを切る。
アイチが風呂から出てきたことにも、テレビの電源が消えて気づいた。

振り返ると、そこにはアイチが心配そうな顔をして中腰になっている。

「・・・・お風呂、空いたよ」
「ああ・・・・・」

立ち上がるとタオルと着替えをもって、表面上は何でもないように装って出ていく。
後悔・・--しているのだろう、どう償っていいのかもアイチにも櫂に言えないでいる、櫂もアイチを糾弾する権利はある。

自分もリバースされ、周りの仲間達も被害を受けた、櫂には言ってないが強い精神でリバースを押さえていた対価に
ファイトするだけで命が危ないと宣告されていたことも、そのすべてを許し、櫂の傍にいることをアイチは選んだ。

不思議とあの後、櫂に対して怒りの感情をぶつけているカムイも何も言わなかった。
きっと理解できたのだろうと思いたい、アイチもどうするべき・・・道に迷っていた、ただ二人でいれば見つけられる気がする。

「僕は君の先導者になれるのだろうか・・・」
窓の外に向かってせつなさそう顔をして弱音を吐いた。




「・・・・・・」
身体を洗ったことで頭を整理できた。
たまたまつけたテレビの特集に、櫂は電源を切ることもなく、見に行っていた。

「俺は許されないことをした・・・」
消えることが罰だと考えていた、最強のファイターの称号を得るのと引き換えに。
しかしアイチはそれを許さず消えずに傍にいてほしいと、傷つけても構わないからと望んでくれた。


心底、嬉しかった。
自覚はあった・・アイチを会った時から傷つけていたことを。

普通の人間は一度厳しく接すれば避けるはずなのに、アイチは諦めずに櫂の背中を追いかけ続けていた。
この世界で櫂に一番傷つけられたのはアイチで、彼が許すと、傍にいると言ってくれた時に全てが許される気がしていたが。

「俺の罪はどうすれば消える・・・」
心配してくれる誰かがいるのなら、消えるべきではない。
それは罪を増やすだけだ、しかし償う方法が見つからない。

人を傷つけるのは、とても簡単なことなのに。

湯を見つめていると、浮いている青い毛を見つけた。
先に風呂に入ったアイチのものだろう・・・目を細めて指で絡めるとその一本の毛にキスをした。




「櫂君、上がったの?」
家から持ってきたであろう青いパジャマに着替えたアイチはテレビをつけることなく、一人デッキ調整をしていた。
ドライヤーで髪の毛を乾かし終えると、アイチに近づいていくと突然後ろからアイチに頭に触れてくる。

「うひゃっ!」
「・・・・生乾きだぞ、ちゃんと乾かせ」
こっちに来いと座らせるとアイチの後ろに櫂が座り、再度ドライヤーをかけて髪の毛を乾かし始める。
まさか櫂が乾かしてくれるなんて、しっかり乾かさなかった己を呪うしかない、大きな手が頭皮に触れるたび、変な緊張に体が飛び上がりそうだ。

「終わったぞ」
「あっ・・・・ありがとう・・」

小さな鍋で櫂はミルクを温め、アイチに出した、
櫂はカフェオレにして、一緒に飲みつつ、デッキについて話をした後寝ることにした。


ベットともう一つ、来客用にと叔父が布団を一式押し付けたが時々泊まりに来ている三和以外に役に立とうとは。
クローゼットを開けるとそこにあったはずの布団一式がない、代わりに張り紙が置いてあった。

『布団は俺がいただいた!アイチと一緒に寝られるからラッキーだと思え!! 愛のキューピット三和君より』

これは絶対にオムレツの逆襲だ。
ナイフを入れるだけで半熟の中身で出る高度な技を会得するために、失敗したオムレツを三和に食わせて

『暫く黄色の物体みたくねー』とか、自分も似たような色しているのにそんなことを言っていたがこんな手で復讐にこようとは!!


櫂は光の速さで張り紙を引きはがし、投げつける勢いでゴミ箱にホールイン。
突然の行動に後ろで見ていたアイチが体を震わせる。


「どうしたの?」
「・・・・イレギュラーな事態が発生した・・・アイチ、お前はベットで寝ろ」
エアコンを入れて、夏用の羽布団で床で寝ようとしたがそれを止めたのはアイチ。
客のアイチこそが床で寝ると言い出したが、そんなことをしたら絶対に風邪か体調を崩すに決まっていると絶対反対。

しかしアイチもベットで寝るも拒み。
にらみ合いが続き、気が進まないがこの方法で両者納得することに。


「一緒に寝よう」
恥ずかしそうにアイチがとんでもない提案をしてきた。
電気の消えた室内は、恐ろしいほど静かだった、時計の針の音だけが室内に響き・・・アイチと櫂は互いに背を向けている。

非常事態なのだし、女性同士なら花になる絵なのだけど男二人なんて草しか生えないと
提案したアイチは心底後悔していたが櫂が床で寝るのを譲らないのなら、これしかなかった。

「・・・・櫂君、起きてる?」
おそるおそる話かけたアイチだが、返事はない。
もう眠ってしまったのだろう、少し話がしたかったのだけど明日にしようとアイチも眠ることに。

暫くして規則正しい寝息が聞こえてくると櫂の目が開いた、彼は寝てなどいなかった。
寝返りをうつと窓の方を向いていた体がこちらに向いてくると櫂も身体を動かすと向かい合わさるようになる。


「・・・アイチ」
贖罪の仕方もわからないままなのに、高2の櫂にも進路を決める時が来た。
先のことなんて何もわからないが、なりたいものぐらいは櫂にもある。

優しくアイチの髪をなでる。


ずっとアイチの傍にいたい、そして・・・アイチ〈先導者〉を守る、騎士〈ブラスター・ブレード〉になりたいという夢が。

















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